位相空間 \(M\) が次の条件を満たすとき、\(M\) を \(n\) 次元滑らかな多様体という:
\[ M = \bigcup_{\alpha\in A} O_\alpha \]
\[ \varphi_\alpha : O_\alpha \to U_\alpha \subset \mathbb{R}^n \]
が存在し、\(U_\alpha\) は \(\mathbb{R}^n\) の開集合である。
\[ \varphi_\alpha \circ \varphi_\beta^{-1} \]
は滑らか(\(C^\infty\))である。
多様体は局所的にはユークリッド空間と同じ構造を持つが、 全体としては曲がった空間である。 そのため、各点での「方向」を定義するには、 通常のベクトルの概念を一般化する必要がある。 この考えから、関数への作用として接ベクトルを導入する。
\(M\) を滑らかな多様体、\(p \in M\) を点とする.
滑らかな関数全体の集合を
\[ C^\infty(M) := \{f : M \to \mathbb{R} \mid f \text{ は滑らか}\} \]
とする。
写像 \(v : C^\infty(M) \to \mathbb{R}\) が次を満たすとき、\(v\) を点 \(p\) における 接ベクトルという:
点 \(p\) における接ベクトル全体を \(T_pM\) と書き、これを 接空間という。
各点における接ベクトルが定義できると、 それらを空間全体にわたって滑らかに配置したものを考えることができる。 これがベクトル場であり、物理では速度場や流れを表す基本的な対象となる。
滑らかな多様体 \(M\) 上の写像
\[ X : M \to TM \]
が、各点 \(p \in M\) に対して \(X(p) \in T_pM\) を対応させ、 かつ滑らかであるとき、\(X\) を ベクトル場という。
ベクトルが定義できたとしても、それらの「長さ」や「角度」を測ることはまだできない。 そこで、接空間に内積構造を与える計量テンソルを導入する。 これにより、幾何学的な量を定義することが可能になる。
滑らかな多様体 \(M\) に対して、各点 \(p \in M\) において写像
\[ g_p : T_pM \times T_pM \to \mathbb{R} \]
が与えられており,次を満たすとき、\(g\) を 計量テンソルという:
通常のリーマン幾何では正定値計量を考えるが、 相対性理論では時間と空間を区別する必要がある。 そのため、符号が異なるローレンツ計量を導入し、 時間方向と空間方向を区別する。
計量テンソル \(g\) が各点 \(p \in M\) において、ある基底を取ると
\[ \mathrm{diag}(-1,+1,+1,+1) \]
と同じ符号構造(符号数 \( (1, n-1) \) または \( (n-1,1) \))をもつとき,\(g\) を ローレンツ計量という。
このとき組 \((M,g)\) を ローレンツ多様体という。
ローレンツ計量の最大の特徴は、 ベクトルの長さの符号によって 時間的・空間的・光的という分類ができることである。 これは時空における因果関係の基礎となる重要な概念である。
ローレンツ多様体 \((M,g)\)において、\(p \in M\),\(v \in T_pM\) をベクトルとする。
この分類を幾何的に表現したものが光円錐である。 光円錐は、その点から因果的に到達可能な方向を可視化するものであり、 時空構造の基本的な図式を与える。
点 \(p \in M\) における接空間 \(T_pM\) において、
この因果分類が物理的意味を持つためには、 座標の取り方に依存しないことが必要である。 次の命題は、その不変性を保証するものである。
ベクトルの因果分類(時間的・光的・空間的)は座標系の選び方に依らない。
\(v \in T_pM\) を接ベクトルとする。ベクトルの因果分類は、計量による実数値
\[ g(v,v) \]
の符号によって定義されている。
いま、ある座標系で \(v\) の成分を \(v^\mu\)、計量の成分を \(g_{\mu\nu}\) とすると、
\[ g(v,v)=g_{\mu\nu}v^\mu v^\nu \]
である。
座標変換 \(x^\mu \mapsto x^{\mu'}\) を行うと、ベクトル成分と計量成分はそれぞれ
\[ v^{\mu'}=\frac{\partial x^{\mu'}}{\partial x^\mu}v^\mu, \qquad g_{\mu'\nu'}= \frac{\partial x^\mu}{\partial x^{\mu'}} \frac{\partial x^\nu}{\partial x^{\nu'}} g_{\mu\nu} \]
と変換する。したがって、新しい座標系においても
\[ g_{\mu'\nu'}v^{\mu'}v^{\nu'} = g_{\mu\nu}v^\mu v^\nu \]
が成り立つ。すなわち、\(g(v,v)\) の値そのものは座標系によらない。
よって、その符号 \(g(v,v)<0\),\(g(v,v)=0\),\(g(v,v)>0\) も座標系によらず不変である。
したがって、ベクトルが時間的・光的・空間的のいずれであるかは座標系の選び方に依らない。
光円錐は未来と過去の2つの方向を持つが、 一般にはどちらが未来かは一意に決まらない。 これを全体で一貫して選べるとき、 時空は時間向き付け可能であるという。
ローレンツ多様体 \((M,g)\)において、各点 \(p \in M\) において時間的ベクトルであるようなベクトル場 \(X\) を 時間的ベクトル場という。
このとき、連続な時間的ベクトル場 \(X\) が全体で存在するとき、 \(M\) は 時間向き付け可能という。
ローレンツ多様体 \((M,g)\) が 時間向き付け可能であり、 全体で一貫した時間方向(future / past)が選べるとき、 \((M,g)\) を 時空という。
\(\mathbb{R}^4\) に座標 \((t,x,y,z)\) を入れ、計量
\[ g = -dt^2 + dx^2 + dy^2 + dz^2 \]
を入れたものをミンコフスキー時空という。
このときベクトル場
\[ X = \frac{\partial}{\partial t} \]
は各点で時間的ベクトルであり、かつ連続である。
したがってこのローレンツ多様体は時間向き付け可能である。
このベクトル場を用いて、未来向き(future-directed)と過去向き(past-directed)を 一貫して定めることができるため、\((\mathbb{R}^4, g)\) は時空である。
次のようにして得られるローレンツ多様体を考える。
\(\mathbb{R}^2\) に座標 \((t,x)\) を入れ、計量
\[ g = -dt^2 + dx^2 \]
を入れる。これは2次元ミンコフスキー時空である。
ここで同値関係
\[ (t,x) \sim (-t, x+1) \]
によって商空間 \(M\) を作る。
このとき、空間方向に一周すると時間座標の符号が反転するため、連続な時間的ベクトル場を全体で定めることができない。
実際、ある点で未来向きに選んだベクトルは、 一周して戻ると過去向きに変わってしまう。
したがってこのローレンツ多様体は時間向き付け可能ではない。
時空上での運動や因果関係を考えるためには、 点ではなく「曲線」を扱う必要がある。 曲線は粒子の運動や光の伝播を表す基本的対象である。
多様体 \(M\) 上の区間 \(I \subset \mathbb{R}\) からの滑らかな写像
\[ \gamma : I \to M \]
を曲線という。
曲線 \(\gamma(\lambda)\) に対して、各点で
\[ \dot{\gamma}(\lambda) := \frac{d\gamma}{d\lambda} \]
をその点における接ベクトルという。
曲線の接ベクトルの因果分類に基づいて、 その曲線自体も時間的・因果的に分類することができる。 これにより、物理的に許される運動を記述できる。
曲線 \(\gamma : I \to M\) を \(C^1\) 級曲線とする。
任意の \(\lambda \in I\) に対して
\[ g\bigl(\dot{\gamma}(\lambda),\dot{\gamma}(\lambda)\bigr) < 0 \]
が成り立つとき、\(\gamma\) を時間的曲線という。
曲線 \(\gamma : I \to M\) を \(C^1\) 級曲線とする。
任意の \(\lambda \in I\) に対して
\[ \dot{\gamma}(\lambda) \neq 0,\quad g\bigl(\dot{\gamma}(\lambda),\dot{\gamma}(\lambda)\bigr) \leq 0 \]
が成り立つとき、\(\gamma\) を因果曲線という。
時間向き付けられた時空 \((M,g)\) を考える。
曲線 \(\gamma : I \to M\) が未来向き時間的曲線であるとは、任意の \(\lambda \in I\) に対して
\[ \dot{\gamma}(\lambda)\ \text{は未来向き時間的} \]
であることをいう。
時間向き付けられた時空 \((M,g)\) を考える。
曲線 \(\gamma : I \to M\) が未来向き因果曲線であるとは、任意の \(\lambda \in I\) に対して
\[ \dot{\gamma}(\lambda)\neq 0,\quad g\bigl(\dot{\gamma}(\lambda),\dot{\gamma}(\lambda)\bigr)\leq 0,\quad \dot{\gamma}(\lambda)\ \text{は未来向き} \]
が成り立つことをいう。
ある点から別の点へ因果曲線が存在するかどうかは、 その2点の間に因果関係があるかどうかを決定する。 これを形式化したものが因果的先行関係である。
点 \(p,q \in M\) に対して、\(p\) から \(q\) へ未来向き時間的曲線が存在するとき、\(p\) は \(q\) に時間的に先行するといい、
\[ p \ll q \]
と書く。
すなわち
\[ p \ll q \iff \exists \gamma:[a,b]\to M\ \text{s.t.}\ \gamma(a)=p,\ \gamma(b)=q,\ \forall \lambda\in[a,b],\ \dot{\gamma}(\lambda)\ \text{は未来向き時間的} \]
である。
点 \(p,q \in M\) に対して、\(p\) から \(q\) へ未来向き因果曲線が存在するとき、\(p\) は \(q\) に因果的に先行するといい、
\[ p \leq q \]
と書く。
すなわち
\[ p \leq q \iff \exists \gamma:[a,b]\to M\ \text{s.t.}\ \gamma(a)=p,\ \gamma(b)=q,\ \forall \lambda\in[a,b],\ \dot{\gamma}(\lambda)\ \text{は未来向き因果的} \]
である。
任意の点 \(p,q,r \in M\) に対して、
\[ p \ll q, \quad q \ll r \]
ならば
\[ p \ll r \]
が成り立つ。
また、
\[ p \ll q, \quad q \leq r \]
あるいは
\[ p \leq q, \quad q \ll r \]
ならば
\[ p \ll r \]
が成り立つ。
\(p \ll q\) かつ \(q \ll r\) とする。
このとき、\(p\) から \(q\) への未来向き時間的曲線と、 \(q\) から \(r\) への未来向き時間的曲線が存在する。
これらを連結することにより、\(p\) から \(r\) への未来向き時間的曲線が得られる。
したがって、\(p \ll r\) である。
他の場合も同様に、曲線の連結により従う。
任意の点 \(p \in M\) に対して、
\[ p \leq p \]
が成り立つ。
定数曲線 \(\gamma(\lambda)=p\) を考える。
この曲線の接ベクトルは常にゼロであり、 因果的(非空間的)であるとみなすことができる。
したがって、\(p \leq p\) が成り立つ。
適当な条件のもとで、
\[ p \leq q \ \text{かつ}\ q \leq p \]
ならば \(p=q\) が成り立つ。
\(p \leq q\) および \(q \leq p\) から、 \(p\) から \(q\)、および \(q\) から \(p\) への因果曲線が存在する。
これらを連結すると閉じた因果曲線が得られる。
閉じた因果曲線が存在しないという条件のもとでは、 このような状況は \(p=q\) のときに限られる。
\(p \ll q\) ならば \(p \leq q\) が成り立つが, 逆は一般には成り立たない。
\(p \ll q\) ならば,\(p\) から \(q\) への未来向き時間的曲線が存在する。
時間的曲線は因果曲線でもあるから,\(p \leq q\) が従う。
一方,光的曲線によって結ばれる場合には \(p \leq q\) は成り立つが, 時間的曲線は存在しないため,逆は成り立たない。
点 \(p \in M\) に対して、その時間的未来 \(I^+(p)\) を
\[ I^+(p)=\{\, q\in M \mid p\ll q \,\} \]
により定める。
すなわち
\[ I^+(p)=\{\, q\in M \mid \exists \gamma:[a,b]\to M\ \text{s.t.}\ \gamma(a)=p,\ \gamma(b)=q,\ \forall \lambda\in[a,b],\ \dot{\gamma}(\lambda)\ \text{は未来向き時間的} \,\} \]
である。
点 \(p \in M\) に対して、その因果的未来 \(J^+(p)\) を
\[ J^+(p)=\{\, q\in M \mid p\leq q \,\} \]
により定める。
すなわち
\[ J^+(p)=\{\, q\in M \mid \exists \gamma:[a,b]\to M\ \text{s.t.}\ \gamma(a)=p,\ \gamma(b)=q,\ \forall \lambda\in[a,b],\ \dot{\gamma}(\lambda)\ \text{は未来向き因果的} \,\} \]
である。
点 \(p \in M\) に対して、その時間的過去 \(I^-(p)\) を
\[ I^-(p)=\{\, q\in M \mid q\ll p \,\} \]
により定める。
すなわち
\[ I^-(p)=\{\, q\in M \mid \exists \gamma:[a,b]\to M\ \text{s.t.}\ \gamma(a)=q,\ \gamma(b)=p,\ \forall \lambda\in[a,b],\ \dot{\gamma}(\lambda)\ \text{は未来向き時間的} \,\} \]
である。
点 \(p \in M\) に対して、その因果的過去 \(J^-(p)\) を
\[ J^-(p)=\{\, q\in M \mid q\leq p \,\} \]
により定める。
すなわち
\[ J^-(p)=\{\, q\in M \mid \exists \gamma:[a,b]\to M\ \text{s.t.}\ \gamma(a)=q,\ \gamma(b)=p,\ \forall \lambda\in[a,b],\ \dot{\gamma}(\lambda)\ \text{は未来向き因果的} \,\} \]
である。
任意の点 \(p \in M\) に対して、
\[ I^+(p) \subset J^+(p), \qquad I^-(p) \subset J^-(p) \]
が成り立つ。
\(q \in I^+(p)\) とする。
このとき、\(p\) から \(q\) へ未来向き時間的曲線が存在する。
時間的曲線は因果曲線でもあるから、\(p\) から \(q\) へ未来向き因果曲線が存在する。
したがって、\(q \in J^+(p)\) である。
ゆえに、\(I^+(p) \subset J^+(p)\) が成り立つ。
各点 \(p \in M\) に対して,\(I^+(p)\) は開集合である。
\(q \in I^+(p)\) とする。
このとき,\(p\) から \(q\) への時間的曲線が存在する。
時間的性質は連続性により安定であるため, \(q\) の十分小さな近傍の点も同様に時間的に到達可能である。
したがって,\(I^+(p)\) は開集合である。